今でこそ「史上最強の助っ人」とも評されるバースであるが、この1983年に解雇の可能性があった。前年後半にチームが大躍進したこともあり阪神ファンは優勝との期待を募らせていたが、4月を2位で終了したものの、5月途中には1勝15敗と大きく負け越してしまう。調子の上がらないバースが不調の原因との批判も多く、同期入団でミートの巧い
スティーブ・ストローターの方が、日本の野球に適合しているとの評価が高かった。そんな中、先発投手陣が手薄な阪神は投手の
リチャード・オルセンを獲得。オルセンを一軍に昇格させるため、外国人枠の関係でストローターとバースどちらかを解雇する必要に迫られたが、このとき阪神が解雇したのはストローターの方であった。当時バースは外角に落ちる変化球をことごとく空振りしていたので、ファンの間ではこの選択に少なからず疑問の声が上がった。しかし球団はバースのパワーのほかに、態度、努力、人格を評価しており、その期待通りバースは後半戦から一気に調子を上げた。また、
1984年オフにも先述の守備の不安から解雇の可能性があったが、それを
吉田義男新監督がフロントにバースの必要性を説いて残留させたという
[2008年(放送月日不明)放送ABCテレビ「虎バン」より。]。