当初彼は無名の外科医に過ぎなかった。当時ヨーロッパでは、
ルイ・パスツールが汚染と腐敗の関係を発見し、
ロベルト・コッホが細菌を発見し、
イグナーツ・ゼンメルワイス()がさらにそれを推し進めて、「医療者の汚染した手によって
産褥熱が伝染する」事を発見した。
イギリス国内では
フローレンス・ナイチンゲールが、新鮮な空気や清潔な環境の重要性を説いた。ゼンメルヴァイスもナイチンゲールも医学の主流から見ればまだ非科学的とみなされていた時代である。しかし、小さな手術でさえ死亡率が高いことに悩んでいたリスターはこれらに注目した。
リスターはそれらを総合し、「術後の創傷の化膿は細菌による汚染である」と考え、術野や
手術用具を
フェノールで消毒することにした。また、部下の医師に手の消毒もしくは手袋の着用を命じた。当時、術後の化膿は治癒の過程に過ぎないと考えられていた。だが、消毒の元に手術を受けた患者は化膿しにくく、なおかつ治癒も早いことをリスターは示した。
しかし、消毒薬の正しい使用法がまだ確立されていなかったこともあり、他の医師による追試の結果は惨憺たる物だった。またリスターが無名であったことから、この方法は注目を浴びなかった。論文を発表しても、
ゼンメルワイスらを典拠としたがために当時の外科の大家
ルドルフ・ウィルヒョウに散々にこき下ろされると言う有様だった。時と共にやっとリスターの業績が認められ、時のイギリス国王
エドワード7世が
虫垂炎の手術にあたりリスターを指名するほどとなる(当時、虫垂炎ですら手術による死亡率は高かった)。この手術の成功により、リスターは
男爵位を受ける。